映画ランキング

ちゃんへん.の独断と偏見による映画ランキングのコーナーです。完全に趣味です。

これまで鑑賞した映画の数は、数え始めた2001年4月から2019年8月末時点で8,108作品。

今まで年代別で紹介してましたが、2019年9月1日より心機一転!一つにまとめていきます。

毎週日曜日に3から5本は更新したいと思います。8000本も追いつけるかな。

『チャップリンの独裁者』

チャップリンがただのコメディ役者でないことが分かる最高傑作。もはや人類の財産の様な作品である。ナチスドイツの絶頂期に世界に堂々と声高々に人類愛を訴えた彼の勇気を讃えたい。この作品、1939年上半期には完成していたらしい。すなわち、ドイツのポーランド侵攻前には彼は既にナチスを批判していたのだ。当時の米政府もナチスには友好的だった。しかし、彼はあらゆる方面からの圧力を跳ね除け、この作品を世に出したのだ。後出しジャンケンならぬ先出しジャンケンで彼は勝利したのだ。全く天晴れである。

『サウンド・オブ・ミュージック』

何と生命力と躍動感に溢れた作品だろうか。映画館で何度かリバイバル上映でも観ています。音楽って、それこそ愛国心って、本来は自由で不可侵であるべきなのに、特にこの時代はそうではなかった。この作品は、ただのミュージカル映画ではなく、絶対に抑圧されてはならないという強いメッセージ性を兼ね備えた反ナチズム映画としても評価できるのではないだろうか。それだけ強いメッセージがあるにも関わらず、この作品は最初から最後まで美しい。観るものを全く不快にさせない。善意に溢れたこの世界観をぜひとも体験してほしい。

『大脱走』

敵に捕まった主人公達が捕虜になってしまい、敵の目を盗んで穴を掘り、脱走して見つかって追われるという話です。内容はこんな単純なんですが、その面白さは違うところにあります。登場人物一人一人の個性が面白く、脱走のアイデアを出したり、冗談を言ったり、とにかく、不謹慎にもこの作品を見てると、戦争中やのに楽しそうやなって思ってしまうくらい面白い映画です。しかし、やはりそこに学びがあり、映画が映画たらしめる要因の一つだと僕は思っています。何よりマックイーンが輝いている。バイクでの逃走シーンはもはや伝説。

『素晴らしき哉、人生!』

高校一年の春、私は素晴らしい映画に出会ってしまった。気がつくと涙が流れていたのだ。もし今のあなたが人生に少しつまずいていると感じるならば、ぜひこの作品を見ていただきたい。もちろんこれはファンタジーだ。人生そんなに甘くない。でも、たまには甘いものに現実逃避してみるといい。もしかしたら、今の現状すらも宝物だと思わせてくれるかもしれないな。ジョージが「なぜ俺と結婚したんだ?」と尋ねられたメアリーが「だって、あなた以外の人じゃあなたに似た子は生まれないもの」は個人的に大好きなシーン。

『十二人の怒れる男』

恐るべき脚本だ。評決部屋で登場人物の会話のみで繰り広げられる空前絶後の法廷モノ映画。これを法廷モノと言っていいのかは置いといて、12人の陪審員全員が個性的で、討論が進むにつれてそれぞれの背景や精神がぶつかり、その過程がリアルタイム進行なので緊張感も伝わってきて痛快である。また、同時に人間が人間を裁く難しさを上手く伝えている。法廷に求められるのは、真実の追求と正義の執行だ。この作品は、司法の場でも過ちを犯す危険性があることを示している。司法の判断と責任を問う傑作である。

『ルパン三世 カリオストロの城』

20世紀最高のアニメ作品かもしれないな。宮崎駿の才能をルパンに使うとここまで面白くなるのか。名シーン、名ゼリフも多く、全く無駄がなくて本当に素敵な作品だと思う。まあ当時の宮崎駿はヒットを出せず干されていたので、その飢えたエネルギーが逆にこの怪物的傑作を誕生させてしまったのかもしれない。最後の「なんと気持ちのいい連中だろう」というセリフは、この作品の良さを端的に表しているのだ。ちなみに、ルパンはクラシスの心を盗んだのだが、僕もこの作品を見て心を盗まれました。ありがとう。

『奇跡の人』

乳児の時、原因不明の高熱で視聴覚を奪われたヘレン・ケラー。家族は愛情を持って接するも、ヘレンのわがままになすすべなく、家庭教師を招くことになったが、その家庭教師サリバン自身も聴覚障害者だった。この作品は、伝達手段が一切ない三重苦のヘレンの無教育故の凶暴な面を表現し、教育を任されたサリバン先生の壮絶な教育を描いた点が非常に優れている。ヘレン・ケラーの物語であると同時に、愛を持ってヘレンに接したアニー・サリバンという人物の物語でもある。奇跡の人とは、紛れもない二人のことである。

『七人の侍』

この映画は本物だ。あの時代だからこそ撮れた作品であり、今の時代に撮ろうとしても絶対に無理だ。この作品を一言で表現するならば『豪快』だ。1954年作といえば、日本の敗戦から10年も経っていない。恐らく従軍経験、空襲経験があり、おまけに食糧難。特に、百姓なんて実体験そのものであるはずなので、恐ろしいほどリアリティを感じるし、まるで自分があの世界にいるかの様に引き込まれ、釘付けになった。迫力なんて画面から飛び出している。だから全ての役者の目が生きているんだろう。黒澤明の神業が体験できる三時間。

『ローマの休日』

オードリー・ヘプバーンの魅力に圧倒される。主演二人以外の共演者たちもいい味を出していて、二人を引き立てながらも作品を引き締めている。これはアン王女の成長物語であると同時に、ロマンチックという言葉がふさわしい恋物語であり、ついでにローマの観光案内映画でもある。この作品を見た誰もがローマに一度は行ってみたいと思ったのではないだろうか。オードリーの初出演作ともあって、その女優としての初々しさが、世間知らずのプリンセスの役柄に拍車をかけている。最後は切ないけど、あの切なさも良い。

『ゴジラ』

フィクションの中にリアリティあり。怖いゴジラが見れるのはこの第1作目だけだ。戦後9年目に公開された戦災再現とも思えるこの作品は立派な反戦映画だ。水爆実験によって生まれたゴジラは、人間が生み出した兵器の象徴である。この作品を当時見た日本国民は、記憶に新しい戦争体験。原子爆弾が投下された広島・長崎の傷跡。ビキニ環礁水爆実験の現実。何より核兵器が世界に広がっていく恐怖を心から覚えたに違いない。当時の日本人だからこそ作れた戦争の喪失と怒りを込めた怪獣映画の金字塔。現代人はどう受け止めますか。

『アパートの鍵貸します』

語り尽くせないほど魅力が詰まったラブ・コメディの傑作。恋の駆け引きを描く恋愛映画は数あれど、相手に興味ナシ、古い言葉で言うなら相手にアウト・オブ・眼中な恋愛映画が見れる作品は後にも先にもこの作品だけだろう。脚本が素晴らしく、伏線も数多く散りばめられていて、見る度に新たな発見がある。あまりの出来の良さに感心してしまうほどだ。何でもない話のはずなのに、ここまでダイナミックに表現できるのはビリー・ワイルダー監督の巧だろう。もちろん、キャストの演技も優れていて、全てのバランスが完璧にマッチしている。

『ロッキー』

ロッキーは漢の哲学である。社会の底辺で行き、明日が見えない毎日を過ごすロッキー。人生の中で特に守り抜くものもなく、ただ生きているだけの日暮らしの人生にエイドリアンという希望を見つけ、愛する人のために闘う。なんて漢臭い作品なんだ。でもその臭さがいい。イタリア移民の無学で不器用なロッキーと内気なエイドリアン。この作品はそんじょそこらのスポ根映画ではない。無謀な挑戦をして愛を勝ち取る男と、自分の内気に克つ女の恋物語だ。

『スター・ウォーズ』

ベタではあるが、SF映画といえばやっぱりこれでしょ。今の世代の人からすればヤイヤイ言うかもしれないが、当たり前やけどスターウォーズという作品が誕生するまではスターウォーズは存在しなかったということで、それくらいスターウォーズの公開は当時の映画界にとって衝撃だったと思う。まあそんな僕も公開当時の世代ではないが、子供ながらに初見であのオープニングは心踊ったね。あのオープニングで僕を宇宙の彼方に連れて行ってくれた。卵が映画なら、コロンブスはジョージ・ルーカスである。

『天国と地獄』

黒澤明監督は、庶民の描き方が本当に上手いなあ。そして人間味溢れる刑事やマスコミ。この時代を知っているわけではないが、皆粋でかっこいい。まさしく本格派サスペンス映画だ。前半の重役との会議から一転して誘拐事件が発生。密室での緊迫感あるストーリー展開から、新幹線『こだま』での現金の受け渡しシーンのスリルは何度見ても飽きない。後半は、警察が執念の操作を見せる。名探偵コナンのように一人の天才が解決するのではなく、みんなの力で頑張る。この地道さがこの作品の好きなところなんですよ。

『椿三十郎』

今作の三船敏郎は神がかっている。特に殺陣シーンは、生きるか死ぬかの世界をよく分かっている漢の凄みを肌で感じる。何も派手な殺陣シーンばかりが魅力なのではない。巧妙な駆け引きがそこにはあり、脚本の面白さを教えてくれる。最後の接近戦なんて、この作品の最後はあれ意外にないでしょって思わせるほどの緊張感だった。あの『間』良かった。本当に目が離せないと言うか、息を飲むと言うか、手に汗を握ると言うか、とにかくあのスピードは、数ある抜刀シーンがある作品の中でも最速のではなかろうか。

『ペーパー・ムーン』

これぞロードムービー!最初、お互いが悪態をつきながらも、時間が立つにつれ心を通わせていく様子が実に良い。聖書を売りつけるシーンとか、アディが三日月の上に乗って写真を撮るシーンも最高。結構何回も観てるけど、観る度に新しい発見や楽しさを与えてくれる。何よりテイタム・オニールの軌跡と言える名演技。彼女がこの作品で残した最年少でのオスカー受賞は未だに破られていない偉業である。演技が上手いことと演技が自然なことは別次元なんやと思った。

『街の灯』

チャップリンの映画はチャップリンの人生そのものである。半世紀を優に超える昔の作品でありながら、我々が彼の作品に歩み寄ることによって彼自身がチャップリンの生き様を教えてくれる。今作は、チャップリン扮する浮浪者が盲目の少女のために手術代を集めるために一生懸命頑張ります。自分は貧しい浮浪者でも他人の不幸は放っておけないのだ。また人間という生き物を忠実に表現できている部分にも注目。ベタではあるが、この作品は何と言ってもラストシーンだ。見返りを求めず、善意を超越した愛をこの作品は胸に突き刺してくれる。

『モダン・タイムス』

トーキー映画の時代になってもサイレント映画に拘っていたチャップリンが、初めて声を発した衝撃の作品である。若い人は分からないかもしれないが、ノッポさんが初めて喋ったくらいの衝撃。この作品はチャップリン映画の中でも笑えるシーンが特に多く感じる。彼の天才的なギャグセンスと神業的なパントマイムを持ってすれば当然といえば当然のことだが、その笑いの裏返しには、文明社会に進むにつれての人間の喪失感を警告しているようにも見える。この作品を笑うことは、現在の自分を笑っていることと同義なのかもしれない。

『雨に唄えば』

正直、ミュージカル映画は唯一苦手なジャンルなんですが、この作品、ジーンとケリーが縦横無尽に踊りまくりの歌いまくりで、カメラも縦横無尽に撮りまくりの走りまくりで、俺は思った。これはアクション映画だと。しかし、土砂降りの雨さえも素敵なものに変えてしまう不思議な魅力がこの作品にはある。あの身のこなしを目の当たりにし、これを演じるために相当努力したんだろうが、あんな風に歌えたり踊れたらどれだけ気持ちいいだろうか。サイレント時代からトーキー時代に移り変わる時代の内容ということも重要な点である。

『ベン・ハー』(1959)

人間は水がないと生きていけない。どんなに辛い喉の渇きを覚えても水を飲む自由がない時、そんな時にそっと手を差し伸べてくれる人が現れたら、その人にとってどんな存在になるだろうか。この作品は、ベン・ハーという一人の人間ドラマを描いた史劇の代表作と言っていいだろう。親友との別れ。奴隷生活の苦難。怒り、復習、絶望、そして希望。戦車の競争は本当に凄い迫力だ。この時代に、壮大なセットとエキストラの数。本物の戦車を使ったりと、CGとはまた違った迫力があります。